職員室の声

2学期終業式(神田)

2016-12-22

 皆さん、おはようございます。長かった2学期も冬休みの補習やウィンタースクールがまだ残っているとはいうものの、一応本日で終了ということになりますが、皆さんにとって今学期はどんな学期だったでしょうか。今学期も、芸術鑑賞会や文化祭、修学旅行等々、様々な学校行事がありましたが、全ての行事が君たちの統率の取れた主体的な動きによって、滞りなく終了できたことに感謝したいと思います。併せて今年1年、生徒・職員共に大きな事故などもなく終了できることにも感謝したいと思います。

 

  さて、今学期は、学期早々の9月3日に開催された鹿児島大学・管弦楽団による芸術鑑賞会でスタートした感があります。台風が間近に迫っている中での芸術鑑賞会でしたが、楽団員の方たちの奏でる素晴らしい演奏に聞き惚れた人も大勢いたことと思います。「木管楽器」や「金管楽器」、そして「弦楽器」や「打楽器」という、それぞれに個性的な音を出す楽器が、一つになって調和の取れた素晴らしい音色を奏でてくれましたが、これらの楽器が、個性(楽器そのものが持つ音色)を主張しすぎては調和の取れた美しいハーモニーというものは決して生まれないわけです。


  そういう点は学校というところも、あの管弦楽団が奏でる交響曲と同じようなものだろうと、私は思います。この学校には、中高合わせて60名ほどの個性的な先生方がいらっしゃいます。素晴らしい先生方ばかりです。その先生方の教えを受けて一生懸命に自分を磨いている様々な個性と豊かな素質を持った生徒諸君もいます。そして、学校という枠組みの中で、先生と生徒が、あるいは生徒同士が高い目標を持って、切磋琢磨しながらまとまりのある集団として形を為しているのが第一中学・高校だろうと思います。だからこそ、この第一中学・高校という素晴らしい集団が織りなすハーモニーは、まさにオーケストラが奏でる交響曲に例えられるべきだろうと思うわけです。


  ただ、先ほども話したように、第一中学・高校のオーケストラは、一人ひとりが勝手気ままな音を出したのでは壊れてしまいます。みんなが力を合わせて交響曲を奏でていくためには、出すべきでない音を出してはいけません。なぜ、このような話しをするかというと、高校ではあまり聞いたことがないのですが、中学校では、以前から人の迷惑も顧みず授業などをかき回すようなことをする生徒が一部にいるという残念な話を聞いているからです。そういう人は、自分を律する力を持っていないのだろうと思います。例えば、思慮分別がなく、自分を律する力を持たない幼い子供や多くの動物たちは、好きな時に眠り、好きな時に好きなだけ食べます。しかし、思慮分別があり、己を律する力がある人は違います。眠くなっても歯を食いしばって「この仕事を片付けてしまわなければならない」とか、「この宿題を終わらせてから眠らなければならない」と考えます。眠くなれば眠り、腹が減れば食いたい放題に食うのと同様に、時や場所をわきまえず、おしゃべりしたい時におしゃべりをしたりするのは、思慮分別や自分を律する力を持つ人がやることではないのです。


 人間というのは、もともと自らを律する力を持っています。ある意味、人間の美しさは「自律」の美しさでもあるのです。自分を律する力を持っている人は、他人に優しい人間です。絶えず相手の立場に立ち、全体の中の自分という自覚を持った人です。自分を律する力のない人間は、往々にしてでたらめなことをしたり、他人の悪口を言ったり、ラインに書き込んだりして、個人やクラスを、そして学校を引っかき回したりすることがあります。それでは美しい音色は決して生まれません。どこか全体にまとまりがなくなるからです。ここにいる全員が、それぞれに自分の出すべき美しい音を出した時、第一中学・高校というオーケストラは素晴らしいハーモニーと共にさらに前に進んでいきます。加えて、自分を律することが出来る人間は、人を愛することが出来る人間です。人のために生きることが出来る、優しい、広く豊かな心を持っている人間です。それは何故か、自分のことを律して他人のことをまず考えるからです。例えは悪いかもしれませんが、時々、子供を持つ親が子供の育児を放棄して、自分が楽しみたい為に遊び回っていた結果、家に放置された幼い子供が亡くなるという何とも痛ましく、悲惨な事件が起きたりしています。あのケースも、自分を律する力を持っている親だったら、自分の欲望や遊びよりも、まず子供のことを第一に考えることが出来るのだろうと思います。学校では、ルールを守って、先生と生徒が、生徒と生徒が、尊敬し合い、信じ合うことが出来た時、美しいハーモニーは生まれるということを忘れないでください。
 

 時折、高校の非常勤の先生方とも話す機会がありますが、先生方からは、本校での授業は大変やりやすく、学校に来るのが楽しみでしょうがないというような有り難い言葉をよくいただきます。また、スクールバスの運転手さんたちからも、本校生のバスの乗り降りの時の挨拶は本当に気持ちがよく、こんなできた学校は他にはないというようなお褒めの言葉もいただきます。そういう素晴らしい面を持った生徒が多い中で、一部の生徒の心ない行為が全体のハーモニーを乱し、個人の意欲を削ぐということにならないように、心掛けて欲しいと思います。

 

 今年最後の話が、説教じみた話になってしまいましたが、鹿児島第一中学・高校を君たちと共にもっともっといい学校にしていきたいとの思いからであるということを理解して欲しいと思います。今日は、このあと吹奏楽部の定期演奏会もありますが、どんな調べを奏でてくれるか今から楽しみですきっとそれぞれが個性豊かな、それでいて調和の取れた美しいハーモニーを奏でてくれるのではないかと期待しています。

 

 最後に、少し早いですが、年末年始の慌ただしさの中で事故などに遭ったりしないように、そして健康にも気をつけて、家族揃って健やかな新年を迎えて欲しいと思います。来年がまた、君たちにとって希望に満ちた年になることを願って終業式の式辞とします。